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ニーチェ「ツラトゥストラ」

ニーチェ「ツラトゥストラ」この本も私が学生の頃読んだのでうる覚えである事をご了承頂きたい。この本の序盤は衝撃的な光景で幕を明ける。山から狂人が「神は何処だ!神は何処に居る!」と叫びながら下りて来る。そして街中の人々に聞いて周る。「神は何処に居るんだ?」と。狂人は神を探し周り、こう結論付ける。゛神は居ない!神は死んだ!”゛誰が殺したんだ?゛”我々が神を殺したんだ”と。その後ツラトゥストラは各地を説法して周る。ツラトゥストラは言う。「私を全て信じては行けない!私よりもっと素晴らしい教えが表れたら、皆でそれに帰依しよう」「早くこの国に真実の教えが来る事を願う」。このニーチェのツラトゥストラは読みごたえのある分厚い本だ。ニーチェはこれを二週間で書き上げたと言われている。天才の集中力は凄い。また何故ニーチェは「神は死んだ!」などと書き綴ったのか?それは当時の時代背景がある。キリスト教が盛んで教会が権力を握り、宗教が人民を離れ、宗教の為の宗教となり、本来神と信者の間には何も挟まない筈が、教会が権力を握る事により、神と信者の間に入って来た。この信仰の自由に警鐘を鳴らしニーチェはツラトゥスト
ラを書いた。それは非常に覚悟の行った事だと思
う。その時代はむしろ政府よりも教会が力を持って居た時代だ。ニーチェも悩んだに違いない。またニーチェと言う文学者は在命中余り評価されなかった。それは何故か?ニーチェには「悲劇の誕生」など他にも名作が数多くある。しかしニーチェは誰も理解しがたい事を続ける。それは自分の文学を次の作品で否定する事だった。この事は今でも謎である。普通自分が言った事は理論武装し正しいと固める筈なのだがニーチェはそれをしなかった。むしろ逆の事をした。晩年ニーチェは発狂し精神病院で亡くなる。そして晩年は妹の介護に助けられ余生を精神病院で過ごす。ある時ニーチェの論文を読んだ大学教授が゛天才だ!!”゛ニーチェに逢いたい!”と捜しまくり滔々精神病院まで訪ねて来た。しかしそこには精神を病んだニーチェが居た。文学の事に付いて話を伺いたかったがまともに話が出来なかった。妹は泣いた。「やっと兄を認めてくれる人が表れたのに、もう少し早かったら、、、、」そんな妹を見てニーチェは「何故泣いているんだい?僕はこんなに幸せだよ」と答えた。何故ニーチェは自分の文学を否定したのか?これは私的な考えだがニーチェは自分の文学が進歩して居る
のに気付き、間違いを間違いだと正せる勇気があったのではないでしょうか?そして完璧な文学を目指した。ツラトゥストラの一節にある様に「私の教えが全てでは無い、もっと素晴らしい教えが来たら皆で移ろう」と。ニーチェの死後。このニヒリズムと呼ばれるニーチェ文学は多くの人に認められ、天才だと高く評価されて居る。皆さんはこのニーチェの話を読み何をお感じになったでしようか?

by cyou-jou | 2008-06-05 17:17  

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